大雪(たいせつ)となり、めっきり寒くなりましたがお元気ですか?

知り合いの娘さんがハワイで出産するという。夫婦で日本人ながらアメリカ系企業に勤めていることもあり、生まれてくる子供が20年後に希望すれば米国籍を選択できるよう考えてのことだそうだ。新しい時代の考え方なのかもしれませんね。それにしてもハワイというところが日本人にとってこれほど身近な存在になったことを改めて思わされたのでした。

そこで、今回は、ハワイに魅せられた作家、池澤夏樹著の「ハワイイ紀行【完全版】」についてご紹介しましょう。東京から6200キロ、サンフランシスコから3900キロ、シドニーから8000キロ、ポリネシアの中心クック諸島から4750キロ、とにかく、およそ4000キロ圏内に文化の中心と呼べる土地はないうえに、その昔は当然ながら近代的な船などはないことを考えると、5世紀には人が住み始め、12世紀にはポリネシアから多くの人がやってきて人口も多くなったハワイは、18世紀の後半(1779年)キャプテン・クックがやってくるまでは、他の文化から切り離されて、独立した、のどかな数百年を過ごしていました。

←写真:島本来の言い方では「ハワイイ」となる



著者はこの本のタイトルの通りハワイの各地を巡って、いわゆる紀行を書こうとしていたのですが、この地を訪れるたびに歴史と文化の奥深さに引き込まれ、単なる紀行というよりは、各テーマ別にかなり掘り下げた内容の本になったとのことです。各章毎に事の仔細が述べられているのですが、(脚注や表、地図、写真がかなり充実している)ここ200数十年間に、西洋文明に触れざるを得なかったゆえに、王国は滅び、ハワイに固有の花、タロ芋、言葉(ハワイ語)、ハワイ人も、消滅しかかっていることを教えてくれています。

↓写真:カバーの裏側の地図を見ながら読むとわかりやすい





各章のテーマは、花、タロ芋、歴史、フラ、言葉、サーフィン、航海術、アホウ鳥などです。

その中で、ここでは「タロ芋」のお話をしましょう。著者によると「タロ芋をたどることによって、クック船長が来る前、アメリカ人がやってきて強引に住み着き土地を奪い、最後の女王を廃位に追い込み、結局は領土にしてしまう前、多くの人種が移民としてやってきて、世界にも希な多民族社会を作るようになる前の人々の暮らし方がある程度わかる」のだそうだ。私は食べた事がありませんが、サトイモに近い味らしく、割と淡白な味ながら、健康食として見直されています。タロ芋はアフリカや中央アメリカ、そしてポリネシアで広く食べられていて、ハワイ人にとってのタロ芋は日本人で言えば米のようなものだったのです。

タロ芋づくりは、畑というよりは水田で行い、大量の水を必要とします。ハワイの各島には高い山があり、貿易風がそこに当たって雨をもたらすので、島は水に恵まれ、山の麓でタロ芋が作られていたのです。ところがアメリカ資本が入ってくると、サトウキビを作って砂糖を売るほうが儲かるということからサトウキビ作りが盛んになったのですが、これがまた大量の水を必要とするわけです。詳しくは本書に譲るとして、要は政治が動き、山のもたらす水はタロ芋畑に来る前に新たに始まったサトウキビ畑に流れるようになってしまったのです。なんとも淋しい話ですよね。ハワイ人はタロ芋を食べたがっていたのだし、砂糖を摂りすぎるよりは健康にもよいのだから、そのままで良かったのにというのは今だから言えること。当時は経済原則が働いたということなのでしょう。

著者が一貫して主張しているテーマが、西欧文化と接する前のハワイの生活文化の素晴らしさと、これが無残にも無くなってしまったことへの無念さです。タロ芋も、ハワイ語もその復活への動きを紹介しつつ、グローバル化の流れの中で避けようのないことであることも十分認識した上で、このままの流れで突き進んでいくことへの警鐘を鳴らしています。

「そういう時代がかつてはあった。今、我々の運命を決める因子の大半は他の人間、他の社会、他の国家から来る。自然は背景に遠ざけられ、人間たちの派手なドラマの単なる舞台装置になりさがったかのようだ。ハワイイを巡る問題にしたところで、人種にしても、経済にしても、又観光にしても、基地にしても、すべて人間に由来するものだ。しかし、いずれは自然の力のことをもう一度しっかりと考えなければならないときが来るのではないか。・・・ハワイイは自然と人との関係が実に見て取りやすい、世界の模型のような場所である。ほかならぬここで、島から島を巡って、歴史をたどって、最後には再び自然に帰る思索を巡らしてみよう。

「この閉鎖された安定社会の価値はその後の展開との比較を誘うものだ。欧米系の文化の色が地球全体を染めるようになったことは果たして福音なのか。元に戻ることはできないが、このまま突き進むのも不安な気がする。そういうときにハワイイや日本でいえば江戸時代のような完備した閉鎖系の文化を見直すことに意義が生じはしないか。・・・
いい物を手中に収めていても、新しいものが出てくればそちらに手を出すのが人間なのか。いや、手を出したのではなく前のものを奪われた上で次のものを押し付けられたのだ。それが歴史だと言い切ってしまっていいのだろうか。この疑問の先には、これから我々はど
こに行くのかというもっと大きな疑問が待っている。」

著者は理科系の学部に身をおいていたことがある人なので、詳細の説明が実におもしろい。例えば、海底からマグマが噴出してできた島は東から西へ移動しながら少しずつ海に沈んでいるとのこと。だから一番東のハワイ島が、約100万年前にできた一番新しい島で、一番古いのは約500万年前にできたカウアイ島で、一番西にあるのですが、その先も小さな島が続いていて2100キロも先のミッドウェイまで連なっている。更に海底には日本の歴代天皇の名前をつけられた山々が、カムチャツカ半島の付け根辺りまで続いているというのです。なんともロマンを感じてしまいます。

美しい自然やサーフィン、フラの魅力を感じながらも「そういうものの背後に、昔からハワイイ諸島に暮らしてきた人々の健全なものの考え方が見える時、ハワイイの魅力は倍にも三倍にもなる。観光ハワイの裏にずっと奥行きの深い本当のハワイイがあることを多くの人に知って欲しいと思う。」

この本を携えてハワイへ行ってみると、随分と違った世界が垣間見れるのではないだろうか?そして、グローバリゼーションに対する考え方も深みが増すような気がするのです。

年末には日本の芸能人が大挙してハワイへ向かうのでしょう。その姿がテレビに映し出されたら、この本を思い出そうと誓ったSでした。

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