日本語に訳せない英語


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みなさま、こんにちは。
先週はブログを更新できずに、スミマセンでした! な気分のアラマキです。


ピンチヒッターの番長イイジマによるタイムリー・ヒット、「思い込みシリーズ」
に関してですが、確かにそんなことありますよね〜。大人になればなるほど「いま
さら、人に聞けない」感が出てくるだけに、いま現在でも多々あるような気がして
きました。普段、わかったような気になって使っている言葉も、そのように見直して
みると、結構「雰囲気モノ」で使ってしまっていることも、あるような。
って考えると結構怖いので、これ以上言及するのは止めておきます(笑)。


さて、編集部では6月の取材シリーズをなんとか乗り切り、集まってきた材料をどう
料理するか、という段階に入っています。8月の発行を、いましばらくお待ち
くださいませ!!
まだ37号や、随時アップしている「英語勉強法」をご覧になっていない方は、
コチラからご覧下さい!
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さて、昨日のイイジマのブログにもありましたが、「世界のスーパースター」
マイケル・ジャクソンが逝去されました。マイケルが残した功績は各所でさんざん
語られていますし、晩年の動向をそれほど熱心に追いかけていたわけでもないので、
ここで追悼の言をそれらしく述べることはできません。



でも、初めて自分のお小遣いで買ったカセットテープ(だったんです、当時は)
がマイケルの「BAD」だったことは、小声で、地味に、控えめに表明しておきたい
と思います。前回のイイジマブログに詳しい、「アベーアベー! フズベー!」な、
アレです。リアルタイムを知らない極東の小学生をそのようなトランス状態(?)
にしてしまうということ自体が、凡百の論評より、彼の音楽やダンスが持つ普遍的な
魅力を表しているような気がしますよね。
普遍性って、そういうことなんじゃないかなー、と思います。


それにしても、ここ最近、内外で一時代を築き上げた方の死が続いていますよね。
女優のファラ・フォーセットさん。プロレスラーの三沢光晴さん。そして、ちょっと
さかのぼりますがGW中に飛び込んできた、忌野清志郎さん逝去の報。僕的には
これが、一番ショッキングでした。


清志郎さんが残した音楽の素晴らしさをここで語るのは、紙幅の都合で割愛します。
「おーい、みんな愛し合ってるかーい?」なんて言いながら、ひょっこりステージに
現れてきそうなくらい、今でも現実感が湧かないですし。


年代によってイメージは違うかもしれませんが、僕にとって清志郎さんは「日本語で
ロックを歌う」という命題に正面から向き合ってきた人、という気がします。


葬儀の席にて、同じような命題に向き合ってきた元ブルーハーツ甲本ヒロトが、
こんな風に追悼の言葉を述べていました。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/090509/msc0905091549013-n1.htm
彼なりの、清志郎さんへの愛情の表現なんでしょうね。


そんなヒロトがかつて、ライブのMCでこんなようなコトを言っていました。
「僕たちの曲は日本語ばかりでお送りしています。ただね、一つだけ日本語に訳せ
ない英語があるんだよ。それは……“ROCK N ROLL”」


うーん、確かに訳せないよね、“ROCK N ROLL”は。


弊誌には「英語にない日本語」という大変ご好評をいただいている人気コーナーが
あるのですが、これはさしずめ「日本語にない英語」ですよね。“ROCK N ROLL”は、
その語感も含めて“ROCK N ROLL”としか言いようのないものだと思います。


そんな訳すことすらできない、アメリカで生まれた“ROCK N ROLL”という言葉に命
を吹き込み、血の通った日本発のオリジナルな表現として発信してきたのが清志郎さん
なのかもしれません。僕も“ROCK N ROLL”という言葉を訳す術は持ちませんが、
清志郎さんが残した音楽を指して、それを躊躇なく“ROCK N ROLL”と呼ぶことは
できます。反抗的で、セクシーで、享楽的で、ユーモラスで、優しくて、矛盾して
いて、美しかった彼の音楽や生き様が、何より“ROCK N ROLL”を説明してくれている
のかもしれませんね。


そんなわけで、まとまりのない文章になってしまいましたが、アラマキでした。
次回からはちゃんと自分の番を守りたいと思います!


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